水島空襲を語り継いでいこうと水島地区の市民団体が昨日の夜、初めてイベントを開催しました。
6.21ピースサンセットと題したイベントは、市民団体・水島平和委員会と亀島山地下工場を語り継ぐ会が実行委員会を作り初めて開催しました。語り継ぐ会事務局長の村田秀石さんが水島に航空機製作所が作られた経緯について説明したほか空襲の体験者として倉敷市北畝に住む内海敏次さんが水島空襲当時の様子を伝えました。水島空襲は1945年6月22日、爆撃機を作っていた水島航空機製作所を狙ってアメリカの「B29」108機が2時間にわたって工場に爆弾を落とし11人の死者を出しました。工場はこの日、休日だったため死傷者は少なく済んだそうですが、内海さんは爆弾が落ちた時に地震のような揺れを感じたことや避難した場所から黒煙が上がる工場を見た様子など当時の状況を鮮明に語っていました。このほか出席者が全員で歌を歌い平和を願っていました。なお、6.21ピースサンセットの模様は7月4日(金)からの「ぢもわだ水島」で詳しく紹介します。




